画家の技法シリーズ

 

スケッチの意義と楽しさ(写真の利用)

スケッチの意義

ここで述べるスケッチとは本画を描く為の原稿のようなものであると前回述べましたが、その位置づけで少し話を続けたいと思います。本来的には現地で実際の風景を目の当たりにしながら油絵を描ききるのが理想ではあります。太陽の光のもと、新鮮な空気の中でライブの感動をそのまま絵筆に託せればそれが一番でありましょう。風景画家の方たちの中には完全現場主義の方も数多くいらっしゃいます。 私も又、そのような姿勢には少なからず敬意をはらっている一人です。只、様々な条件によってそれが必ずしもなし得ない場合があります。

例えば作風によってはアトリエでなければ出来ないことも。精密な描き方、時間のかかる行程の作業、マチエール(画肌)が個性的な場合等々。現実的には天候の具合、地理的条件、時間的な制約、経済的な問題 等があります。そこでスケッチの出番なのです。水彩やパステル等で比較的克明に描かれたスケッチとそれを描くために費やされた時間が作り上げた脳裏のスクリーンはアトリエにて本画を描くための原稿となります。  

さて、そのスケッチだけでは少々心許ないと思われる方は、描いた場所の写真を撮って置きましょう。良き参考の資料となります。しかしここで気をつけなければいけないことがありますので少し述べてみようと思います。 それは普通のカメラで撮った写真は人間の目で実際に見たものとかなりの相違があるということです。(私の感覚では特に遠景で撮った風景写真ほどその違いが大きくなります。)

一般の方たちの多くは、色こそ焼き付け具合で多少の違いがあるということは認識していますが、フォルム(形)や大きさのバランスなどは写真がより正確であると信じておられると推測します。人物のスナップや静物などを近距離で撮った場合はそうも言えるかも知れませんが、はるかに奥行きのある風景を写真で撮った場合は実景とはかなり違った印象となって写ります。

例えば眼前に大きくそびえ立つ、富士山の雄姿に感動してシャッターを切る、後日出来上がった写真を見ると、そこには情けないほど扁平に小さく矮小化されて写っている富士を見て、がっかりされた経験をお持ちの方は数多くいらっしゃるでしょう。人間の目と違って、カメラのレンズは一眼であることと屈折率の違いなどから起こることなのです(詳しい事は光学等の専門書に委ねるといたしますが)。従って風景画を描く際には、写真の方が正しいと思う考えは捨て去るべきと考えます。ただし、誤解の無いように申し添えますが、プロの写真家があらゆるレンズや機器を駆使して撮った写真の場合は又別のことです。 

以上のような観点から私はアトリエにて本画(油絵)を描くとき、その下画きは必ず自分で描いたスケッチから起こします。写真は使用しません。写真はあくまでも全体の雰囲気や色を思い出すための参考に止めます。なにしろ自分のスケッチブックには現地の草や風の匂いまで染みついているのですから、心強い限りです。スケッチを描くときは対象物と真摯に向き合い、真剣にならざるを得ないわけです。写真だけを撮ってきて、それを見ながら絵を描くことの危険性を少し解って頂けたら幸いです。

さて、絵画における写真の利用法およびその是非について等々、話を始めると、侃々諤々(かんかんがくがく)、延々と続く議論になってしまいますので又別の機会に譲りますが、かのユトリロが写真から絵を描いていた事から始まり、現代では有名無名を問わず、多くの作家がある意味写真を利用して、描いています。この事の是非は別にして、一番重要なことは出来上がった絵がいかに魅力的であるか、また個性的であるかということに尽きると思います。そのプロセスにおいていかなる事も自由であるのが芸術の所以であると言うべきでしょうか。

※  スケッチを大切に、写真に頼りすぎないこと。
※  目と腕のデッサン力を日々の鍛錬で養うこと。
※  何に感動したのか自己検証すること。

 

スケッチの楽しさと意義について長々とお話しましたが、細かな点また専門的な検証のいる部分については、紙面の関係上、言葉足らずであったかも知れません。別の機会にということで、お許しください。

最後に私の風景画の描き方を少し紹介して終わります。
1,素敵な風景に出会う。
2,比較的克明なスケッチをとる。(勿論時間のあるときは現地で直接油絵を描くときも有ります。)
3,現地で描いたスケッチをもとにしてアトリエで油絵を描く。
このとき重要なことは何に感動して、その場所を描く気になったのか、必ず自己検証すること。構図なり、雰囲気なり、色なりの感動の源のエキスを軸にして、それを私なりに再構築してキャンバスに移し替える操作をします。(つまり、必ずしもスケッチと同じように描くわけでもありません。因みに写真は思い出す縁(よすが)のため、傍らに置いておきます。)
4,比較的薄塗りを、乾かし具合をみながら、数度重ね合わせて、透明感を出すように心がけます。臨場感と遙かなる奥行き感がほのかな郷愁の風を運ぶように、祈りながら。

比較的良く撮れた実景写真 佐久(長野県)から見た浅間山。

1. 比較的良く撮れた実景写真  佐久(長野県)から見た浅間山。
   狂いは少ない方ですがやはり実際に見た印象より山が小さく扁平になっています。

私の現場スケッチ

2. 私の現場スケッチ 
   少し荒い描き方ですが大きさやバランスなどは写真より実景に近いと信じてます。

2のスケッチを元にアトリエで描いた私の油絵作品「浅間の夏」

3. 2のスケッチを元にアトリエで描いた私の油絵作品「浅間の夏」 
   雄大な浅間山に抱かれる農村の安堵感のような....

 

 

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