画家の技法シリーズ
空がその絵を支配する
風景画において、空はその絵全体を支配するものです。色味(色相)においても明るさにおいてもその絵の全ての要素を決定づける重要なものでありますから、徒(あだ)や疎(おろそ)かに描いてはいけません。ゆえに下描きがおわったら真っ先に描いてゆくのが空です。山や木々、近景などを描き終わって、さあ最後は空を描こうなんて人がいますが、これは余り感心しません。因みに実景の後ろの方から描くのが風景画の原則です。つまり、遠景の方から段々に中景、そして 最後に近景と描くのが普通の描き方です。物理的にはキャンバスの上から下に描き進める事になります。勿論、これは大きな流れの原則論であって、例外は何事にも多々ある事は言うまでも有りません。
空の描き方に決まりはない。がしかし・・
同様に空の描き方にも別に決まりが有るわけではありません。各個人の描き方や個性、またはどのように絵を仕上げたいかといった思わくによって描き方も様々に変化してくるでしょう。只だからといって全て自由!では話が前に進みませんので、ここでは私のように比較的写実的な日本の風景画を描く場合の空の描き方をひとつの参考までに述べてみようかと思います。場所や状況あるいは時刻によっていろんな空が有りますが、春の晴れた日の日中と限定して話を進めましょう。
一つの方法:空気と空間を描く
空には何も無いとお思いでしょうか、いいえ確かな実体があるのです。簡単に言えば空気と空間です。 細かく言えば酸素、水素、窒素、二酸化炭素,etc.空間と言うのは、大まかに言うと色のスペクトルが距離によって微妙に変化する事、これらを描けば良いのです。ただ、酸素はどんな色だったっけ、水素は・・・なんて事をいっているのではありません。ここでもう一度あなたが描こうとしている良く晴れた実景の空をじっくり眺めてみましょう。はたして全面同じ色の青空でしょうか、答えは否です。一番先に地上にぶつかる空の部分はずいぶん白っぽく明るくなってはいませんか、大気の層が厚いのに加えて立ちのぼる水蒸気、煙、塵、もやなど。 その白っぽさの部分に少しの紫あるいは黄色が見えてはいませんか、空の中央部分と一番上の部分とでは、青色の濃さはどうですかなど、良く見るといろいろと見えてきました。これ以上は申しません。大事な事は、あなたの目の前の実景を良く眺めることです。そしてそこにある空気と空間を描くことなのです。光学的な違い、大気の乾燥度などによる色の違いは各自研究してみるとよろしいかと思います。以上空に見つけたいろいろな変化と空気、空間を描く方法はそれぞれの研究と努力が必要なのですが、私がよくやる一つの描法を写真をまじえながら、紹介してみましょう。
1. コバルトブルーとホワイトで明るい青色(比較的濃いめ)を作り、空の部分に塗っていく。(溶き油は控えめに、絵の具の量をしっかりと)。 場合によってはこの色にセルレアンブルーを混ぜて色味の調整をする事も有ります。
※ 因みにセルレアンブルーは少し黄色みがかった青色でヨーロッパの風景などには非常によく似合います。空気の乾燥度の違いからでしょうか。湿度の高い日本の風景はコバルトブルーが良いような気がします。
※ 空は一番先に塗る物と先に申しましたが、ここでは便宜上説明が解りやすいように下の山々などを先に少し下描きをしてあります。
2. 扇形の筆で優しくなぞり、均一にならして置くのも一つの方法です。同じ色のきれいな青の空間を先ず作りましょう。微妙な変化は後でつけます。
3. 塗ってある青色が乾かないうちに仕事をします。大地にぶつかる部分(この場合はアルプスの峰)の空は大体において白っぽく明るい。この部分に少量のモーブとホワイト、先に塗った青色を混ぜて明るく白っぽい紫色を作り、山の峰にぶつけるようにして帯状に塗る。溶き油控えめ、絵の具の量しっかりと。
4. 油も絵の具も何も付けていない、乾いた大きめの平筆で、3で載せた明るめの紫の帯をつぶすように押さえて広げていく。ぼろ布を左手に持ち頻繁に筆を拭きながら行う。タッチは軽く上から下へ、筆を寝せ筆のお腹で押さえるようにします。タッチをすばやく重ねて色を混ぜ延ばす方向は上へ上へですが決して筆を下から上に引いてはいけません。この矛盾したような言葉も実際に筆を持って試してみると、試行錯誤の上、なるほどそうかと解るかも知れません。
※ この技術は私の開発した門外不出のものですが、サービスで紹介しております。上の言葉の意味も含めてちょっとトライしてみると面白いですよ。微妙な色合い、色の濃さ、力のいれ具合などはいろいろ調整してみて下さい。
5. このように下の青色と程よく混ざって良い感じになってきました。
6. 青色との境目も自然にならして。(実際には下の写真よりも色の差は大きく出来ています。)
7. いくつかの雲を加えるのは自由です。
※ <ちいさなヒント>
黄色っぽい空はネープルスイエローとかピンクっぽい空はモーブを使うとか
以上、空の描き方のほんの一例ですが、参考にしながらいろいろとバリエーションを広げてみて下さい。乾いた筆がポイントです。エアブラシを使ったりするよりも描き方によっては、雲や煙や霧などもほんとに臨場感たっぷりに簡単に描けるのがこのやり方だと自負しております。時間もそれ程かかりません。
なお次回は山の描き方について述べる予定です。